『新撰萬葉集』とは

  • 『新撰萬葉集』とその研究の沿革
     『新撰萬葉集』は主に『寛平御時后宮歌合』、『是貞親王家歌合』を資料として、和歌を 真名書きで書き、四季・恋の各部立に分かち、歌毎にその歌を翻案敷衍した七言の漢詩(及 び漢詩らしきもの)を附した上下二巻から成る歌集である。
     撰者は諸説別れ、菅原道眞(『日本紀略』寛平五年九月二十五日の条/『奥義抄』)、 上巻は菅原道眞で下巻は他者(『和歌現在書目録』『扶桑略記』『八雲御抄』)、上巻は 菅原道眞で下巻は源相公か(『玉勝間』巻六)、上下巻共に編者未詳(『うひまなび』)等 と言われ、別称を『菅家萬葉集』とも言われるのもこれに由来している。
     そしてこの別称からもわかるように、道眞に関する伝説に付会した偽作かとの疑念等から、 その文学史上に於ける重要度、即ち、『萬葉集』以降、かつ、『古今集』に先立つ成立かと 推察され、国風暗黒時代と言われる時期の和歌と漢詩の関り合いや、和歌に於ける仮名書き と真名書きの交代時期について示唆に富んでいること、又、『句題和歌(大江千里集)』と の関りや、後の詩歌合せの先蹤を成している点などが看過されがちであった作品である。
     本書の研究は昭和十年代に高野平氏、金子彦二郎氏 や山岸徳平氏、澤瀉久孝氏らが言 及したのが最も早い部類に属するもので、昭和二十年代の半ばに久曽神昇氏が「原撰本」 と 称する伝本(昭和四四年以来、久曽神氏は「志賀須賀文庫本」と呼び替えられている。 )を 紹介されてから注目され、その伝本捜索と本文研究が活性化し、昭和四五年の高野氏の手に なる大著、『新撰万葉集に関する基礎的研究』 に於いて現在知られているほとんどの伝本が 一応紹介され、それ以降、浅見徹氏、泉紀子氏、小島憲之氏の一連の論攷等に代表される論が 成されて現在に至っている。
     しかし、本文の文献批判とその成果としての総合研究は、各種辞典類が等しく本集に認める 文学史上の重要さの認識とは裏腹に、高野氏の大著以来、あまり進捗していない。高野氏のこの 著書は労作ではあるけれども、引用書目の錯誤や誤植・誤謬の多さから問題を指摘される 。 それ以後は淺見徹氏・木下正俊氏の共編になる私家版の校本 があり、現在、本文を考えるとき には、この校本に拠るのが一般となっている。 詩と歌の注釈は、青柳隆志氏が一部試みられ 、近時、半沢幹一氏・津田潔氏の共同研究として 注釈 もなされつつある。
    先行する研究論文の詳細は別に掲げた「新撰萬葉集関係論文目録(稿)」を参照されたい。

    参考

  • 高野平氏『寛平御時后宮歌合と新撰万葉集』国学 第三輯(日大)・一九三五、十二月。
  • 金子彦二郎氏『新撰万葉集の詩に関する新考察』東教大・国語・第三巻第二号・一九三七、七月。
  • 山岸徳平氏『漢詩集と勅撰集の関係的背景』國語と國文学・第一八巻第五号・一九四一、五月。
  • 澤瀉久孝氏『菅家万葉集の和歌の用字に就いて―菅公頌徳録―』北野天満宮・一九四四、七月。
  • 久曽神昇氏『新撰万葉集原撰本の出現』愛知大学文学論叢第三輯・一九五〇、十一月。
  • 久曽神昇氏『原撰本新撰万葉集の本文批評』愛知大学文学論叢第三七輯・一九六九、三月。
  • 高野平氏『新撰万葉集に関する基礎的研究』風間書房・一九七〇、五月。
  • 淺見徹氏・木下正俊氏共編『新撰万葉集 校本篇』 私家版、一九八一、九月。 『新撰万葉集 索引篇 T 和歌索引』私家版、一九八三、十二月。 新撰万葉集 索引篇 U 序・漢詩索引』私家版、一九八九、三月。 同『補訂』。
  • 青柳隆志氏『新撰万葉集略注(第一)―上巻春部―』東京成徳国文第一六号・一九九三.三月。
  • 半沢幹一氏・津田潔氏「『新撰万葉集』注釈稿(上巻・春部・一〜七)」共立女子大学文芸学部紀要四〇、一九九四、二月。 「『新撰万葉集』注釈稿(上巻・春部・八〜九)」東京工業高等専門学校研究報告書二六号、一九九四、十二月。 「『新撰万葉集』注釈稿(上巻・春部・一〇〜一四)」共立女子大学文芸学部紀要四一、一九九五、二月。 「『新撰万葉集』注釈稿(上巻・春部・一五〜一六)」東京工業高等専門学校研究報告書二七号、一九九五、十二月。 以下継続中。現在、上巻夏部二三まで進行している。

[『新撰萬葉集』研究]

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