『新撰萬葉集』書誌情報(暫定版)


諸本について

 現在最も網羅的な形で諸伝本の性格の解説とその系統推定をしているのは『新撰萬葉集 索引篇II序・漢詩索引』(浅見徹氏・木下正俊氏共編・私家版)に所収する、浅見徹氏執 筆の「新撰万葉集の諸伝本」であると思われる。

 この論攷は「従来、系統推定のような面では、いわば名人芸的なカンが支配的傾向であった。むしろアプリオリィに祖本が推定され、この文字がこちらに誤られた、と断ぜら れる。変化の可逆性など一顧もされぬ怕れがあった。」事に対して「系統决定を数値的に 計れぬものか、少しばかり新しい方法を提起した」ものであると筆者が述べられる如く、 数値統計的手法を以って実に客観的かつ実証的に系統推定をされているものである。

 又、数値統計的手法と言っても、所謂数字のマジックによる系統推定の誤謬に陥らぬよ う、従来の文献学の体験的教訓を随所に生かした推定であり、又、「名人芸」を避けてあ くまでも慎重な態度をとっている論攷である。

 原本の幾つかを実見してみても、氏の御論と突き合わせて検討した結果、その御論の多 くを妥当な物であると認定できる。

 もっとも、その数値の根拠となったと思われる浅見氏・木下正俊氏共編にかかる私家版 『新撰萬葉集校本篇』には、その後「補訂」が公にされており、又、この「補訂」に掲出 されない過誤と思しきものを幾つか見出せる。従って浅見氏の掲出した各伝本の異同文字 数の数値は厳密には若干修正が加えられるべき点も有すると思われ、又、論者によって、 文字の認定において意見を異にする事もあろうかと思う。

 しかし、それらは全体の中に於いては瑕疵の部類に属するものであり、大局的には浅見 氏の御説は通説として認められるべき価値を有すると思われる。そこで今、この「新撰万 葉集の諸伝本」の詳細な解説をお借りして私に纏め、現在存在の知られる諸本の概説とそ の系統的位置とを、以下に書き出してみる。
具体的には浅見徹氏の以下の御論に従った。

  • 「新撰万葉集の伝本に関して」(国語国文第四六巻第五号<浜田敦教授退官記念国語学特輯2>一九七七、五月)
  • 「『新撰万葉集』の伝本に関して(続)」(論集日本文学・日本語2中古(角川書店)一九七七、一一月)
  • 『新撰万葉集』(京都大学国語国文資料叢書一三、臨川書店、一九七九、四月)中の解説
  • 『新撰万葉集 索引篇U 序・漢詩索引』(浅見徹・木下正俊編 浅見氏の私家版、一九八九、三月)付載の「新撰萬葉集の諸伝本」。

諸本の位置・系統について

に浅見氏の分類による伝本系統図を転載する。

(=は介在する他本無し。○は間に零乃至は数本が介在すると思われるもの。)

以下、浅見徹氏 、久曽神昇氏 、金原理氏 、後藤昭雄氏 、野口元大氏のご研究を参看し、伝本とその性質を私に纏めて記す。

I類本系統

(和歌現在書目録・八雲御抄記載本系統。)

■版本

寛文七年版本
下巻序・烏丸光廣奥書共になし。版元は「竹村市兵衛」「竹村新兵衛」「出雲寺和泉掾」の三種に区分できる。
群書類従本
無窮会蔵八雲軒旧蔵本に拠りつつ、元禄版本(又は元禄再刊本)を参考にして整版が行われたもの。

契沖校訂本系統

元禄九年版本
寛文七年版本を元に契沖が頭註を加え本文を京大本系の本で本文を校訂して、「ある御許」から賜った下巻序・烏丸光廣奥書、契沖筆の新序を付して印行したもの。

元禄十二年再刊本
元禄九年版本の後刷本。

文化十三年再刻本
元禄版本を元にした賀茂季鷹閲・三宅公輔校の再刻本。契沖頭註に、賀茂季鷹の頭註も加える。極僅かながら元禄版本に校訂を加えているところもある。

文政一年再刊本
稿者が今回新たに存在を確認した物。詳細は後日、公表したく思う。

■写本

京大本系統

京都大学蔵本
上巻序を欠く。烏丸光廣奥書あり。大阪市立大学蔵本と同筆で、大阪市立大学蔵本の親本。行書に近い書体で書写される。(影印にて確認)

大阪市立大学蔵本
上巻序を欠く。烏丸光廣奥書あり。京都大学蔵本と同筆で、京都大学蔵本の写し。行書に近い書体で書写される。(一部、影印にて確認)

天理図書館本
上巻序を欠く。烏丸光廣奥書あり。楷書に近い書体で書写される。(未見)

八雲軒本系統

内閣文庫蔵林羅山旧蔵本
烏丸光廣奥書あり。寛永十七年に脇坂淡路守安元(八雲軒)より副本を譲られた旨の羅山奥書を有するが、浅見氏は内部徴証調査より羅山本を原本と推定された。上巻の一部と、下巻の書写者は無窮会本の全部の書写者と同一人。
なお、この羅山本と群書類從本とを校合してある文化版本後刷本を1997年秋に架蔵したので、八雲軒と羅山本との関係などについては、機会を捉えて稿としたく思っている。

無窮会蔵八雲軒旧蔵本
烏丸光廣奥書あり。羣書類從本の底本。羅山旧蔵本の副本(高野氏は逆に推定。)。

その他の写本

内閣文庫蔵和学講談所旧蔵本
羣書類從本の底本にはなっていない。藤波家本に近い性質を持つ。

藤波家旧蔵本
和学講談所蔵本にもっとも近い。(未見)

書寮部本
下巻序と烏丸光廣奥書き無し。本行は寛文版本に近く、傍記は羣書類從本を「群」として引き、特に附訓は類從本のものを写している事が多い。寛文版本と類從本の校合を目的として作られたもの。(紙焼にて確認)

II類本系統

(九条二品本<藤原行家か> 紀朝臣本 正平六年本 三条西本)

細川家永青文庫蔵本
下巻序・烏丸光廣奥書き・下巻の漢詩・女郎花歌なし。細川幽齋識。中院通勝と雄長老の寄合書。識語は細川幽斎筆。後藤昭雄氏の書誌解説に従って私に纏めて記せば、以下のようになる。

九条二品(藤原行家か)本を文永十一年十二月に書写した本の系統に属する本を、紀朝臣(紀文元、若しくは文親か)が書写し、この紀朝臣本、若しくはその転写本を源季範(未詳)が正平六年十一月に書写。
この正平六年本の転写本である三条西公条所蔵本を転写したものが、この幽斎奥書本である。
この系統の二伝本は共に下巻序がない点、下巻漢詩(らしき物も含む)を全く有していない点、I類本系統の伝本の多くが下巻巻末に載せる「女郎花」歌を有していない点、I類本系統の伝本では下巻に「戀歌」とある部立名が「思歌」となっている点、下巻の歌がI類本系統の伝本よりも少ない点などに大きな特徴がある。

志香須賀本
下巻序・烏丸光廣奥書き・下巻の漢詩・女郎花歌なし。
久曽神昇氏の所蔵にかかる伝本。久曽神氏のご研究に拠ると奥書は永青文庫本の幽斎奥書部分以外を有しているようである。
該本の位置づけに関しては説が分かれ、久曽神氏は該本を「正平六年本・・・志香須賀本・・・三条西本」と推定 し志香須賀本は「室町初期応永以前の書写と推定せられる」 と述べられる。
野口元大氏は「正平六年本・・・三条西本・・・細川本」、「正平六年本・・・○・・・志香須賀本」と言うように別系統のものであると推定され 、浅見徹氏、金原理氏、後藤昭雄氏もこれに従って居られる。

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